クマの動物研究

世界の猛獣事件を研究中

福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件。3人の学生が命を落とした惨劇とは。


今から52年前の日本で起きたヒグマ事件。福岡大学のワンダーフォーゲル部員3名が命を落とした事件について解説しています。



福岡大学ワンフォル部ヒグマ事件(概要)


1970年の夏。
北海道静内郡静内町(現・日高郡新ひだか町静内高見)の日高山脈カムイエクウチカウシ山で発生した獣害事件。若いメスのヒグマが登山中の福岡大学ワンゲル同好会員を襲撃。
学生3名が死亡。



事件当時はワンダーフォーゲル同好会でしたが、ここではワンダーフォーゲル部と詳記させて頂きます。

※表現には配慮していますが、残酷な事件ですので苦手な方は購読をお控えくださるようお願いいたします。

北海道のヒグマ


事件の話をする前にまずヒグマについて触れておきます。

大きさは約2メートル。立ち上がると3メートル超。体重は120キロから250キロ。過去には500キロを超えた個体も存在し、日本では最大の陸生生物です。

人にとって危険な猛獣

絵本などでは可愛いイメージのクマですが、実際は非常に危険な生き物だということをご存じでしょうか。

  • 雑食性
  • 稀に人間を食べる
  • 時速60キロで走る
  • 泳ぎが得意
  • 木登りも得意
  • 逃げる者を追いかける
  • 犬の7倍の嗅覚

クマについて詳しく知る


北海道から遠く離れた福岡県にすむ学生たち。山に関する情報は集めていてもヒグマに関しては詳しくは知らなかった。それが原因で避難が遅れた可能性が指摘されています。


インターネットが無かった時代なので仕方がない部分もありますが今は違います。もしあなたがこれから北海道の山に入るなら、ぜひこの記事を読んで知ってください。ヒグマの恐ろしさを…。

福大ワンフォル部ヒグマ事件


1970年(昭和45年)7月。福岡大学ワンゲル同好会所属のA、B、C、D、E。
いずれも18歳〜22歳の若い学生。

5人は朝9時に博多を出発し、新得駅へ到着。
14時半に入山した。

最初の遭遇


25日、中間地点である山の標高1,979m地点でテントを張ったところにヒグマが現れた。

ヒグマがいない九州から来た彼らは最初、ものめずらしさから様子を見ていた。
だが、ヒグマが彼らの荷物をあさりだしたため、音を立てて追い払い荷物を取り返した。
この行動がまずかった。

二度目の遭遇


その夜、再びヒグマが現れた。
テントに穴を開けて立ち去る。

身の危険を感じた学生たちは、交代で見張りを立てたが、その夜は現れなかった。



翌26日、早朝。
ふたたびヒグマが現れ、力任せにテントを倒した。

リーダーであるAの指示で、BとEが救助を呼ぶため下山を始めた。彼らは途中で北海学園大学や鳥取大学のグループに会ったので救助要請の伝言をし、他の3人を助けに山中へ戻った。

3度目の襲来


BとEが合流し、再び5人がそろう。

16時ごろ。
皆で修繕したテントにて。寝支度を始めていた彼らの元に三度ヒグマが現れた。

なんとかその場を逃げ出したものの、5人は鳥取大学のテントへ避難しようと決めて出発した。



山を歩き続けて目的地に着いた。
だが鳥取大や北海学園大のグループはヒグマ出没の一報を受けてすでに避難したあと。テントは無人となっていた。

仕方なく彼らは夜道を歩き続けた。
この時、ヒグマが5人を追いかけてすぐ側まで来ていた。

夜の山でヒグマに追いかけられる


当然だが、山には街灯などない。
重たすぎる闇。

突如、獣の獰猛な唸り声と共に大きな影が現れた。
青年たちの恐怖はいかばかりだっただろうか。

ヒグマはまずEを襲って絶命させた。

彼らは一目散に逃げたが、その途中でCがはぐれてしまった。

その夜、ABDの三人はガレ場で夜を過ごした。

※ガレ場=岩壁や沢が崩壊して大小さまざまな岩や石が散乱している斜面。

深い霧に閉ざされた山の中で
第二の犠牲者


27日早朝。
深い霧に覆われ、視界不良。

それでも三人は可能な限り急いで山を下りようとした。
そんな彼らの前に、ヒグマがまた現れた。

Aが標的となり、襲われて死亡した。

BとDは逃げ延び、下山。五の沢砂防ダムの工事現場に駆けこんで車を借り、18時に中札内駐在所へ到着した。
2人は助かったのだ。

はぐれたCの行方


仲間とはぐれたCは山中をどう歩いたのか鳥取大学グループが残したテントに逃げこんだ。
彼はシェラフに潜りこんだ。

悪夢から逃れようとしたのかもしれない。
目を閉じたら全ては夢で、目が覚めたら仲間が周りにいる。
自分は悪夢を見ているのだとー

翌朝、彼はヒグマに襲われて死亡した。

死ぬ間際まで、その時の様子や心境をメモに綴っていたようだ。

救助隊が山に入る
救助隊が入山


28日、帯広警察署、十勝山岳連盟、猟友会などからなる救助隊が編成された。

カムイエクウチカウシ山などの日高山脈中部は入山禁止になり救助隊が若者を救うべく出発。
Cがすでに絶命していることなど知らずにー。


翌29日、早朝から捜索していた救助隊は14時45分ごろに八の沢カールの北側ガレ場下で、AとEの遺体を発見した。

ヒグマの最期


同日16時半ごろ、ヒグマはハンター10人により射殺された。
3歳のメスでさほど大きくはなかった。

30日にはCの遺体も発見された。雨天で足元が悪いことから遺体を下におろすことができず、31日17時に3人の遺体は火葬にされた。

3人を殺害したヒグマは解剖されたが、体内から人間は出てこなかった。

ヒグマが5人を追いかけた理由とは

福大ワンフォル部事件まとめ


以上が経緯となります。
最期にこの事件の特性について。


ヒグマが彼らを追いかけた理由
遺体にはかじられた痕跡がありましたが、胃の中から人間を食べた痕跡は見つかっておらず、食べるためでないことは明白。

では何のために襲ったのか?

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