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クマの動物研究

動物による事件とブログ初心者の記事を取り扱い中

小学校時代の悲惨なキャンプの思い出。死にかけました。

今週のお題「暑すぎる」

毎日暑いですなʕ•ᴥ•ʔ

夏ですし山に行かれる方も多いと思います。特に今年はコロナがあるので人と接触する海水浴は避けて、キャンプでもしよう、という流れになるかもしれませんね。

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わたしは熊やサメの話をよく書いているくせに思いきりインドア派なので、キャンプや山登りといったアウトドアなエピソードは少ないですが、それでも印象に残っている思い出がひとつありました。
山で死にかけた小学生の話です。どうぞ。


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【わたしのキャンプ経験談】

小学生の頃、親の知人の紹介か何かでキャンプに参加したことがある。夏休みに1週間。場所は鹿児島県の南端。

あまり良い思い出ではない。

一緒にキャンプをしたのが見ず知らずの子供達だった、ということもある。ふだんから外であまり遊ばず家の中で友人とゲームばかりしている子供だったせいもある。

なんでせっかくの夏休みにそんな所に行かなきゃならないんだ。しかも1人で。休みなんだから休ませてくれよ。今やってるゲームあと少しでエンディングなんだ。

ー今おもえばそういう子供だったから、家族はキャンプに行くように勧めたのだろう。
しかし、クラスメイトのいる林間学校ならまだしも、その日はじめて会った他校の子供たちとどうしろというのか。細部まで覚えていないが「ものすごく仲良くなった」記憶はない。

特別人見知りするような子どもではなかったと思うし、子ども同士は初対面でも数分で一緒に遊ぶようになるから問題はなかったと思う。

孤立して辛かったという記憶が見当たらないのでそれなりに楽しく過ごしたのだろう。

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自分のことなのに推測するしかないのが情けないが、実際に頭に残っていないのだから仕方がない。

覚えているエピソードは二つ。
「足が灰で真っ白になった」
「死にかけた」


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エピソード①
「足が灰で真っ白になった」


これはキャンプ中、ずーっとだ。
野営地ではビーチサンダルをはいていたのだが、ふと気がつくと足が真っ白。灰だらけ。

すぐに水で洗い流すのだが、少し歩くと、また真っ白。また洗う。きりがないので諦めたが、気持ちが悪くて仕方がなかった。

だ。

海のむこうにあるあの島山から、ふってくる。
鹿児島の人は年中、この灰と付き合っている。洗濯物も車も、何もかもが真っ白。よく生活ができるものだとその忍耐力に感心する。
その半端ではない降灰量。キャンプ場は落ち葉ではなく灰に覆われていて、こんな所で1週間もいるのかと思いゲンナリした記憶がある。
確かに子どもに「こんな現象もある」と教えるにはいい授業かもしれない。自然を学ばせたい親御さんは連れていくのもアリだ。ただし帰宅後に口を聞いてくれなくなる恐れもある。
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↑灰捨て場? があるの…鹿児島には?

北海道の雪もそうだ。
ビルの2階相当まで雪が積もるとか、本州南端で暮らすわたしからは尋常ではない光景だが、北の方にはそれが普通。慣れた様子で除雪作業をされている姿をTVなどでみて「わたし、北海道で暮らすのは絶対にムリだな…」と呟く。

生来冷え性で、真冬の高野山(和歌山の霊峰。繋がる道が冬は氷に閉ざされる)ですら、滞在できないのだから絶対にムリだ。

つまるところ弱いのだろう。福岡の都会育ちで何の弊害もなく便利に生活できる環境だった為に自然を知らない。自然に慣れていない。
北海道や鹿児島の方は自然に強いのだ。

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エピソード②
「死にかけた」


キャンプ中、山登りがあった。
山登り。
きついことや面倒なことを好まないわたしには苦行以外のなにものでもない。マラソン大会も嫌だった。

何故だ…。何故、せっかくの夏休みに、わたしは名も知らない山を登っているのだ…。

ジレンマである。
ふだんの運動不足からか、それとも山が小学生が登るにはすこしばかり高いからか、おそらくは両方で思いのほかキツい行程にひいこら言いながら、先導の大人たちになんとかついていくような有様だった。

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登るにつれて山肌がむきだしになり、道も細くなっていく。人が並んで通るどころか、ひとりで通るのも困難な程、細い。
足をつく場所がない。

岩肌をつかんで登っていくのだが、こんなちょっとロッククライミングじみた登山は初めてで内心戸惑う。

…本当になんでわたし、山をよじ登っているんだ…、誰か教えてくれ…

不慣れなせいでなかなか進まない。
ふとふりかえり、下を見ると、ほぼ崖だった。
斜面がきつく、さっきまでいた地面が遠い。
あくまで子供の目線なのでオーバーに感じるかもしれないが、その時のわたしにとっては恐怖だった。
高さにくらりとして足を踏みはずした。
落ちそうになったわたしを同行した大人がとっさに手を伸ばしてつかんでくれた。
その時にいわれた言葉がこれだ。

「危ない。死ぬよ」

死ぬような山に子供を連れて行くなよ。
小学生が登れるようなゆるやかな山は、鹿児島にはないのか?
そんなわけはない。おそらくその先生は冗談で言ったのだろう。笑っていたからたぶんそう。

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人生初のキャンプで覚えているエピソードが、その二つ。
キャンプに行く気が起きないわけです。

むろんキャンプ自体が悪いとは全く思っていませんし、あの頃と違い、大人になった今なら別の楽しみ方ができるだろうとも思います。

沢遊びや川釣り、テントを張ってBBQや飯盒でご飯を炊いてカレー作り。
楽しそうです。

でもエアコンの効いた部屋でブログを更新することに夢中になっているわたしには、キャンプ場は月より遠い。

小学生の頃から生態がほぼ同じ。
根っからのぐうたら、ということですね。